米国株インデックス、たとえばS&P500やNASDAQ100などは、長期的に見れば右肩上がりの歴史を歩んできました。過去50年のデータを見ても、米国株は年平均で7〜10%ほどのリターンを積み重ねてきたことがわかります。インデックスを積み立て続けるだけで、長期的には多くの人が「勝てる」ことが数字で証明されているのです。
それでも現実には、なぜか多くの人が「短期売買」に走ってしまいます。「もっと早く増やしたい」「次こそ底で買いたい」「今が天井かもしれない」そんな感情に突き動かされ、売買を繰り返した結果、リターンを削ってしまう人が後を絶ちません。
感情が投資判断を狂わせる
行動経済学の中で最も有名な理論のひとつに、「プロスペクト理論」があります。
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーによって提唱された理論で、
人は合理的に利益を求めるよりも、「損をしたくない」という感情に強く影響されるというものです。
たとえば次のような選択を想像してみてください。
| 選択肢A | 選択肢B |
|---|---|
| 確実に10万円もらえる | 50%の確率で20万円もらえる(外れると0円) |
多くの人は「確実に10万円」を選びます。
しかし同じ確率構造で損失バージョンになると
| 選択肢A | 選択肢B |
|---|---|
| 確実に10万円失う | 50%の確率で20万円失う(外れると0円) |
今度は「ギャンブル(B)」を選ぶ人が増えるのです。
利益の場面ではリスクを避け、損の場面ではリスクを取りたくなる。
これが「損失回避バイアス」です。
この心理は投資の現場でも強烈に表れます。
含み益のある銘柄は「早く利確したい」と思い、
含み損のある銘柄は「戻るまで待とう」と手放せなくなります。
その結果、利益を小さく削り、損失を膨らませるという逆転現象が起きてしまうのです。


短期を過大評価する人間の本能
人間の脳は、短期的な変化にとても敏感です。
株価が1日で3%動いただけで、「このまま上がるのでは」「暴落が始まるかも」と心が揺さぶられます。
でも実際のところ、インデックス投資の長期リターンは時間がすべてを平均化してくれる構造になっています。
| 期間 | S&P500の平均年率リターン | マイナスになる確率 |
|---|---|---|
| 1年 | 約8〜10% | 約25% |
| 5年 | 約8% | 約10% |
| 10年 | 約9% | 約3% |
| 20年 | 約10% | 0%近く |
(出典:JPモルガン・アセット・マネジメントの過去データより作成)
どんなに市場が荒れても、20年以上の長期で見れば「負ける確率」はほぼゼロに近づきます。
にもかかわらず、私たちは「いま上がった・下がった」というニュースに一喜一憂してしまいます。
これは「現在バイアス」と呼ばれる心理です。
人間は未来の利益よりも、目の前の変化を重視する傾向があり、数十年先の複利よりも、「今日の1%の値動き」を気にしてしまうのです。




SNSが「短期売買の誘惑」を強化する
ここ数年で、投資を取り巻く環境も大きく変わりました。
SNSやYouTubeでは、「この銘柄が爆上げ!」「今日がチャンス!」という刺激的な情報が溢れています。
多くの投資家が、知らず知らずのうちに「FOMO=取り残される恐怖」に駆られます。
FOMOは、行動経済学的に言えば「社会的証明バイアス」の一種です。
人は他人の行動を見て「自分もやらなければ」と感じる習性があります。
群れの一員であることが安心感を生み、逆に「自分だけやっていない」と不安を感じる。
これが投資では、焦りや過剰な売買につながるのです。
次のような構図がよく見られます。
| 状況 | 投資家の心理 | 結果 |
|---|---|---|
| SNSで「ある銘柄が爆上げ」と話題 | 自分も乗り遅れたくない | 高値掴み |
| 市場が急落しニュースで恐怖を煽る | これ以上損したくない | 底値で売却 |
| 周囲が積立投資で成功している | 自分もやろうかなと遅れて参加 | 高値スタート |
こうした「群衆心理」は、どんなに理論を理解していても完全には避けられません。
むしろ、情報があふれる時代ほど、人間の行動は非合理になりやすいのです。
短期的成功体験が「ギャンブル脳」を刺激する
もうひとつ厄介なのが、「たまたま勝てた成功体験」です。
株を始めたばかりの人が偶然タイミングよく利益を出すと、
「自分には才能がある」「次もいける」と感じてしまうことがあります。
行動経済学ではこれを「確証バイアス」と呼びます。
自分の考えを裏付ける情報ばかりを集め、反対意見を無意識に避ける心理です。
さらに、人間の脳には「ドーパミン報酬系」があり、
勝ったときの快感が強烈に記憶されます。
そのため、一度でもうまくいくと、
次の取引でも同じ興奮を求めてリスクを取りに行ってしまうのです。
まるでスロットマシンのように、予測不能な報酬が人を中毒化させる。
これは「変動報酬スケジュール」という心理実験でも証明されています。
人は、一定の報酬よりも「ランダムに得られる報酬」の方に強く依存する傾向があるのです。
長期投資の退屈さに耐えられない
インデックス投資の最大の難しさは、「待つこと」にあります。
短期売買は刺激的で、ニュースや値動きが毎日のようにエンタメ化されます。
一方で、長期投資は地味で、退屈で、結果が出るまでが長い。
でもその退屈さこそが、実はリターンの源泉です。
「何もしない」という選択が、もっとも合理的であるにもかかわらず、人間の脳は「何かしなければ」と感じてしまう。この「行動への衝動」が、リターンを削ってしまうのです。
実際、ヴァンガード社の創業者ジョン・ボーグルはこう語っています。
“Don’t just do something, stand there.”
「何かしようとせず、そこに立っていなさい」
長期で市場に居続けること。
それが唯一の「勝ち続ける方法」であると彼は繰り返し説きました。
「行動」を制御できる人が最後に勝つ
多くの研究が示しているように、投資の成果の大部分は「行動の一貫性」で決まります。
JPモルガンの分析によれば、S&P500を20年間保有した場合の年平均リターンは約8%。
しかし、上昇した日を20日逃しただけで、そのリターンはほぼ半減するというデータがあります。
| シナリオ | 年平均リターン(1999〜2019) |
|---|---|
| 常に市場に投資 | +8.0% |
| 上昇上位10日を逃す | +4.9% |
| 上昇上位20日を逃す | +2.3% |
| 上昇上位30日を逃す | 0%近く |
(出典:JPモルガン・アセット・マネジメント)
つまり、たった数日の「不在」がリターンを大きく削ります。
短期売買を繰り返すほど、市場にいない時間が増え、
それが最終的に「負ける原因」となってしまうのです。
まとめ
インデックス投資で長期的に勝てることは、データで証明されています。
しかし多くの人が短期売買に走るのは、「知識の不足」ではなく「心理の罠」によるものです。
- 損失を避けたいという損失回避バイアス
- 目先を重視する現在バイアス
- 群衆に流される社会的証明バイアス
- 偶然の成功に酔う確証バイアス
これらの心理を理解し、距離を取ることができる人ほど、
長期で「勝ち続ける」投資家になります。
そして結局のところ、投資とは数字との戦いではなく、自分自身の感情との戦いなのです。

投資歴は数十年。数々の市場の暴落と回復の経験から、インデックス投資を中心にしつつ、道楽で個別株への投資をするコアサテライト戦略で運用するのが基本スタイル。焦らずにのんびりゆったり資産形成中。





